世界初!不思議な量子液体の挙動を明らかに
研究成果のポイント
- これまで、量子液体注1が非平衡状態注2にある場合の振る舞いについては、理論上は予言されていたが、実証されていなかった
- 人工原子を用いて「電流ゆらぎ(雑音)注3」を精密に調査し、量子液体の振る舞いを初めて解明
- 長年にわたり物理学の中心的な課題の一つである量子多体現象注1研究の発展の引き金となる成果
概要
小栗章(沙巴体育平台大学院理学研究科教授)および阪野塁(東京大学物性研究所助教)らは、小林研介(大阪大学大学院理学研究科教授)、Meydi Ferrier(同理学研究科特任研究員およびパリ南大学講師)、荒川智紀(同理学研究科助教)および秦徳郎?藤原亮(同理学研究科大学院生)らの研究グループとの共同研究において、微細加工技術を用いて作製された人工原子中の量子液体における電流ゆらぎを世界最高水準の測定技術により精密に測定することによって、理論的に予測されてきた非平衡状態にある量子液体の挙動を詳細に明らかにすることに成功しました。
多数の粒子が互いに量子力学的に影響を及ぼしあうとき、粒子一個の性質からは全く想像できないような奇妙な振る舞いを示すことがあります。このような現象を量子多体現象と呼び、そのような現象を示す粒子の集団のことを量子液体と呼びます(図1)。本研究は、典型的な量子多体現象である近藤効果注4によって形成される量子液体を用いて行われたものです。量子多体現象は、長年にわたって物理学の中心的な課題の一つですが、極めて高い精度で理論の検証に成功した本成果は、物質の新しい性質?機能を見いだすなど、今後の研究の発展に貢献していくものと期待されます。
本研究成果は、2015年11月23日16時(英国時間)に「Nature Physics」のオンライン版に発表されました。
図 1:
(左)粒子が一個だけある場合、その粒子の振る舞いは、シュレーディンガー方程式注5を解くことによって、理解できます。量子力学によれば、粒子は波動性も持っていますが、その波長をドブロイ波長と呼びます。
(右)粒子が多数集合した状態。粒子は、量子力学的に相互作用し、量子液体状態を形成します。量子液体の振る舞いは、粒子一個の場合とは、大きく異なります。
用語の説明
注1:量子多体現象と量子液体
多数の粒子が量子力学的に相互作用し、一体となって振る舞う様子を、量子力学的な液体という意味で量子液体と呼びます。量子液体は、粒子一個の時とは本質的に異なる性質を示すことがあり、そのような現象を、量子多体現象と呼びます。超伝導、超流動、近藤効果などは量子多体現象の代表例であり、物理学において中心的なトピックとして長年研究が続けられています。
注2:平衡状態と非平衡状態
ある注目している対象に、(粒子や熱の)流れや変化がなく、完全に安定した状態にあるとき、その対象は平衡状態にある、と言います。またそうではない状態のことを非平衡状態と呼びます。物理学において、平衡状態を記述する理論的な枠組みはかなり確立していますが、非平衡状態をどのように扱うか、という問題は、現在の物理学における大きな課題です。
注3:電流ゆらぎ
試料で発生する電流の時間的なゆらぎ(雑音)のことを指します。電流ゆらぎは、主に熱的なゆらぎに起因する熱雑音と電荷の離散性に起因するショット雑音からなります。本研究では、近藤状態に特徴的に現れるショット雑音に注目しました。通常の測定では、電流の時間的なゆらぎを高速フーリエ変換によって電流雑音スペクトル密度に変換して評価します。
注4:近藤効果と近藤状態
ごくわずかの磁性不純物を含む金属において、不純物のスピンを伝導電子のスピンが遮蔽することにより、特殊なスピン一重項(「近藤状態」と呼ばれます)が形成され、低温での抵抗増大という特徴的な伝導を示す現象のことです。1964年に日本の近藤淳が初めて理論的に解明しました。近藤効果は量子多体現象の最も典型的な例であり、強相関電子系(重い電子系や高温超伝導等)の研究などにおいて半世紀にわたって数多くの研究が行われてきました。近藤状態は、「局所フェルミ流体」と呼ばれる、L.D. ランダウによる「フェルミ液体」の考え方を拡張した量子液体であることが確立しています。本研究では、非平衡状態にある局所フェルミ流体の挙動を、電気伝導度と電流ゆらぎの精密測定と、最新の理論との定量的な比較を行ったものです。
注5:シュレーディンガー方程式
量子力学における基本となる方程式。波でもあり粒子でもある、という物質の量子力学的な性質を反映した方程式です。分子や原子の振る舞いは、この方程式を解くことによって理解することができます。
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