溶液中の分子間に働く新しい化学結合「多中心結合」を発見
沙巴体育平台大学院理学研究科 佐藤和信教授、URAセンター 工位武治特任教授らのグループは、カナダのブロック大学のマーティン?ルメール准教授らのグループと共同して、溶液中の分子間に働く新しい化学結合、「多中心結合」を発見しました。これまで、多中心結合は固相※1系では見出されていましたが、液相※1系でも実在する強い結合であることを初めて明らかにしました。また、多中心結合がこれまでの四大分子間結合(イオン結合、水素結合、ファンデルワールス力、電荷移動結合※2)とは異なる第5の分子間化学結合であることを、実験と量子化学理論の両面から確立しました。
本研究成果は、分子を集積して新しい物質機能などを分子設計していく上で、新たな自由度を与え、新規物質の創成に貢献できると期待されます。
※1 固相?液相:明確な境界によって他の部分と物理的に区別できる物質系の均質な部分を相といい、その部分が固体であるものは固相、液体であるものは液相と呼ばれる。
※2 電荷移動結合:一つの分子から電子の電荷が他の異なる分子へ移動した結果生じる量子力学的な引力(電荷移動力)を介して、新たな2量体分子(錯体)を形成し、固相?液相を問わず広く存在する結合。生体系での化学反応においても見られる。
掲載誌情報
本研究成果は、国際学術誌『Chemistry-A European Journal』のオンライン版に、2018年7月24日(水)に掲載されました。
雑誌名:Chemistry-A European Journal
論文名:Reversible solution p-dimerization and long multicenter bonding in a stable phenoxyl radical (溶液中において、可逆なπ2量化及び長距離多中心結合を形成する安定フェノキシルラジカル)
著 者:Nico M. Bonanno, Prashanth K. Poddutoori, Kazunobu Sato,* Kenji Sugisaki, Takeji Takui,* Alan J. Lough, Martin T. Lemaire*
掲載URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/chem.201802204
(DOI: 10.1002/chem.201802204)
研究の背景
今日、化学はCentral Scienceとも言われ、科学技術の発展の要になっています。このCentral Scienceにおける中心的課題の一つは、原子やイオンから大小さまざまな大きさと複雑な空間構造をもつ分子(個々の細胞に一個ずつ存在するDNAも巨大な一個の分子)がいかにして形成されるか、その原動力である化学結合を理解し、さらにこれをいかに制御して、設計通りの性質や物質機能を発現させるかです。物質の高度な機能を制御するには、分子内に働く結合力だけでなく、分子間に働く化学力を理解し、物質設計などに利用しなければなりません。これまでの長い化学の歴史において、分子間力には4つの分子間結合(イオン結合、水素結合、ファンデルワールス力、電荷移動結合)が存在することが明らかになっています。
研究の内容
一般的な化学結合は、2つの原子間で2個の電子を共有することによって結合を生成しますが、多中心結合では3個以上の原子間で2個の電子を共有します。今回観測した溶液中での多中心結合生成にいくつの原子が関わっているかは、Atoms-in-Molecules (AIM)法と呼ばれる理論解析手法を用いて解析を行いました。AIM法では、Bond Critical Point (BCP)と呼ばれる、2個の原子間で電荷密度が極小となる点の電荷密度の大きさから、その原子間に働く相互作用の強さを推定します。
今回、トルエン溶液中を仮定したラジカル二量体の量子化学計算にAIM法を適用したところ、右図の紫色の点で示すように、2つの分子間には14個(中心部分に4個、左右のウィングに5個ずつ)のBCPが存在することが分かり、非常に多くの原子が化学結合に関与する多中心結合を形成していることが分かりました。量子化学計算から得られた多中心結合の強度は15.2 kcal mol?1で、実験で得られた11 kcal mol?1と近い値を示しており、量子化学計算が信頼性の高いものであることを示しています。
(図:溶液中におけるラジカル二量体の構造と多中心結合(紫色の丸:Bond Critical Point))
研究の成果
今回の実験では、分子内の多数の原子上に平面非極在化して動き回る電子をもつ分子が面間を向き合わせると、溶液中においても高温領域まで安定に存在することができる2量体が形成されることが新たにわかりました。さらに、精密な量子化学理論計算を用いて実験データを矛盾なく説明した結果、一つの化学結合の形成にあずかる原子(中心)が多数存在して、溶液中においても強固な結合(多中心結合)が出来上がっていることを証明しました。
期待される効果
今後さらに豊富な実例が現れ、電荷をもたない分子の多中心(原子)間に普遍的に働く、強い化学結合として認知され、電荷移動結合とともに、第5番目の分子間力として教科書などに記載されることが予想され、化学結合の深い理解につながると思われます。
今後の展開について
先端科学研究において、物質が発現する性質や機能は分子間力をいかに人為的に制御できるかにかかっています。また、先端物質科学においては効果的なエネルギー伝送?移送などは、特に分子間力を精密に考慮した物質設計が求められています。本研究の成果は、物質設計に有力である新たな理論的指針を与えることが期待されます。
一方、生体内でのさまざまな化学反応、機能発現を理解する上で、今日では電荷移動力の存在は普通に議論されていますが、今後は生体内における複雑な反応を理解する上で、さらに多中心結合の役割を考慮する量子化学的な考え方の導入によって、一層容易になると思われます。
資金?共同研究者?特許などについて
本研究は、NSERC (RGPIN-2017-05230)、Brock University、Shared Hierarchical Academic Research Computing Network (SHARCNET:www.sharcnet.ca) Compute/Calcul Canada.、文部科学省?日本学術振興会科学研究費 Grant Numbers JP17H03012、JP18K03465、文部科学省Open Advanced Research Facilities Initiative Program、AOARD Scientific Project on "Quantum Properties of Molecular Nanomagnets" (Award No. FA2386-13-1-4029, 4030, 4031) and AOARD Project on Molecular Spins for Quantum Technologies”(Award No. FA2386-17-1-4040)、文部科学省科学研究費新学術領域 (Quantum Cybernetics)、内閣府FIRST Quantum Information Processing Projectの支援を受けてなされました。